Wednesday 17 September 2014

40.チクタン村とスイス・ツーリスト・キャラバン。

いつになく暖かいチクタンの朝の起きがけに、朝日が光のカーテンを干している屋上で、 Paul AusterのAuggie Wren's Christmas Storyを読んでいると、盲目のおばあさんがAuggieを抱き締めるくだりに来たところで、ジャファリ・アリの数十フィートほど先のフィールドから、僕を呼ぶ声が聞こえた。早速彼のところへ行ってみると
「今からキャラバン隊がくるので、この石積みの塀の幅をもっと広げて車がフィールドへ入ってこれるようにして欲しい。」
とこうくる。僕は石垣を崩しながら、石を塀の脇に放り投げていると、一台のトラックがタイヤを土に滑らせながら入ってくる。トラックはフィールドの中程で止まると、荷台からキャラバン隊のガイドたちが次から次へと飛び降り、見事な段取りでテントをいくつも設営してゆく。そして遅れるように入ってきたのがマウンテン・クロスに乗った八人のスイス人ツーリスト達だ。この八人のツーリストと七名のガイドとの合わせて十五名の大キャラバン隊は今日はチクタンで一泊、明日はラマユルで一泊、それからレーに戻る予定らしい。往復八日間かけてのキャラバン隊にサポートされながらのサイクリングだ。段々畑になっているフィールドの上段にキッチン・テントとティー・カウンターが併設されているレスト・テント、そして二段目に八人のツーリストたちのテントがいくつか設営されている。チクタン村でのこのフィールドから見える景色は、もっとも美しいとされる場所のひとつで、フィールドの小麦の秋の収穫は半分ほど終わってはいるが、その美しさは変わらず残っていて、奥にはチクタン城の後ろ姿が垣間見える。


DSCF8263




ツーリストたちがテント先で紅茶をすすりつつくつろいでいると、チクタン村の子供たちが集まってくる。このキャラバン隊に興味津々で子供たちの眼がキラキラと輝いているのが分かる。最初は2、3人だった子供たちが徐々に増え始め落ち着く頃には10人を越えていた。子供たちはどこから拾ってきたのか、手に杏の実をたくさん持っていて、それらをスイス人たちにあげると、ツーリストは喜んで受け取っている。子供たちならではのウェルカムの表現の仕方だ。その中の年は60くらいの見事に輝くような銀髪を持った女性ツーリストの一人が
「この村には子供たちが多いわね。」
と言う。そしてこうも付け加える。
「ずーとブッディストの村を通ってきて、子供たちはみんなアジア的な顔立ちだったけど、ここの子供たちはなんだかみんな大きな瞳を持ち、色も白く、綺麗な顔立ちをしていて、ヨーロッパの方の血も混じっているのかしら。」
ここの子供たちの顔には過去に先祖が通ってきた様々な民族が融和してきた道筋が掘られている。そこにはアレキサンダー大王の祖先のアーリア系民族だったり、ラダッキだったり、カシミーリだったり、プリキーだったり、バルティだったりの先祖が通ってきた道が掘られている。

DSCF8258

午後の朗らかな陽気の中、あるご婦人は木陰の下で透き通るような静けさの中でヨガをしていたり、あるご婦人は金色の大麦が輝く隣のフィールドで太極拳に勤しんでいたり、ある紳士は風で揺らぐポプラの木の下で読書をしていたり、若いカップルは村の中のダートな道をマウンテン・バイクで駈りつつ楽しんでいる様子が見える。そんな中僕は大麦の刈り入れの手伝いをしている。大麦の根元を左手で数束ぎゅっと掴み、右手に持った無骨な鎌でその根元を刈ると言うよりも、鎌で引っかけて大麦を土から根っこごと掘り出していく。その一連の流れを一呼吸でやって見せるのだが、これがなかなか難しい。時々大きな株がいたるところに植えられたりしているので、それもうまく避けなくてはならない。ベテランの域に達すると一呼吸で数束をいくつも刈り取っていくのだが、その姿はまるで野をぎこちなく歩むあひるの様である。そんな刈り取り作業がのんびりと進む中、一人のスイス人のご婦人が興味深げに近づいてきてこう言う。
「私にも出来るかしら。」
ご婦人は鎌を農夫から受けとると、腰を落として大麦を刈り取る所作をするのだが、なかなか思うように腰の位置が決まらないらしく、すぐに重心を失って後ろに転がってしまう。そうこうしているうちに、ご婦人の夫が近づいてきてカメラを構えると、ご婦人はなんとか踏ん張り満面の笑みをたたえつつ、大麦を刈り込む動作をしたとたん、カメラのシャッターが絶妙なタイミングで切られ、次の瞬間、ご婦人は再び尻餅をつくのだが、写真にはしっかりとその満面の笑みが写っていた。それからツーリスト・ガイドのラダッキたちも加わり暫くの間、みんなで大麦の刈り入れを楽しんだ。

DSCF8249


夕日が赤くチクタン村を染め始める頃、再びどこからともなく子供たちがテントの周りに集まり始めた。スイス人ツーリストたちが黄昏の中でお茶を楽しんでいる時間帯だ。するとお茶をテーブルに戻し、スイス人たちは代わりにカメラを構え始める。子供たちは最初はスイス人たちからカメラを向けられると照れて逃げていたが、次第に場に馴染み始めると、いろいろなポーズをとってカメラに収まり始める。それから子供たちとスイス人たちとの談話が始まった。
「英語はどこで習ったの?」
「学校」
チクタン村の子供たちの多くは英語が話せる。僕が始めてここに入ってきた時はほとんどの子供たちは英語が話せなかったのだが、その後この地にミッション系のモラビアン・スクールが入ってきて、子供たちの英語力が格段に上がったのだ。
「その手にいっぱい持ってる杏はどこかで売ってるの?」
「買うのではなくて、取ってくるの。その家の庭と、あの家の庭と、そして小麦畑のずっと奥の方のオレンジ色に見える木がそう。」

DSCF8248
スイス人たちは子供たちにある遊びを教えている。

まず二人一組になり、向い合わせになって立つ。
胸の前で手拍子を一回打つ。そして自分の右手のひらと相手の右手のひらを合わせ、そしてまた胸の前で手拍子を一回打つ。今度は自分の左手のひらと相手の手のひらを合わせ、また胸の前で手拍子を一回打つ。今度は自分の両手の甲と相手の両手の甲を合わせる。そして自分の両手のひらと相手の両手のひらを合わせる。最後に胸の前で手拍子を一回打つ。
胸の前で手拍子を二回打つ。そして自分の右手のひらと相手の右手のひらを合わせ、そしてまた胸の前で手拍子を二回打つ。今度は自分の左手のひらと相手の手のひらを合わせ、また胸の前で手拍子を二回打つ。今度は自分の両手の甲と相手の両手の甲を合わせる。そして自分の両手のひらと相手の両手のひらを合わせる。最後に胸の前で手拍子を二回打つ。
徐々に手拍子の回数を増やしていき、スピードもどんどん早くしていく遊びだ。子供たちはこの新しい遊びをとても気に入ったみたいで何度も何度も繰り返している。空は徐々に薄暗くなっていき、いつものように今日が暗闇につつまれようとしているが、子供たちの手拍子がずっと響き渡っている点だけはいつものチクタンの黄昏とは違っていた。

DSCF8247

DSCF8260
そして明日僕はチクタン村を離れる。


0 comments:

Post a Comment

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...